未知の領域が多い高度生殖医療の中でも、とりわけ患者がアクセスできないブラックボックスである「胚の培養液」の存在について少し丁寧に調べてみた。
培養液を取り巻く実態
「受精卵の培養」それは体外受精・顕微授精の中でも「コア」になる医療技術と言ってよい。いかに子宮内に近い環境を再現し、その環境下で胚を育てられるかは、高度生殖医療の成否に直結する因子だ。
この培養液に選択肢が存在しないのであれば、その培養液を使うだけであって、議論の余地はない。
しかし、現在日本で承認されているだけでも胚の培養液はすでにかなりの数が存在するのが実態である。
薬剤の効果や副作用に個人差があるように、培地だって当然ながら「相性」とか「有効性」みたいなものは存在するらしい。
つまり少し乱暴な言い方をすれば、自然妊娠ならば排卵→受精を経てそのまま子宮内で育つはずの受精卵が、体外の培養環境に左右されて育たないという可能性も否定できないわけだ。
培養液の基礎知識
培養液に関して押さえておくべき基本情報は大きく2つ(赤字にした部分です)
- 培養液は大きく分けると2種類がある(シーケンシャルとシングル)
- シーケンシャルメディウム(two-step型培養液)は8分割頃までの培養前期とそれ以降胚盤胞までの培養後期では必要な栄養素が異なることから、それぞれに異なる培養液を使う方法
- シングルメディウム(one-step型培養液)は胚は自ら必要な成分を選択するいう論理で受精卵から胚盤胞まで1種類の培養液を使う方法
- どちらの方法が優れているかは過去から世界中の論文や学会で議論が行なわれていているが、立場によって意見が分かれており、日本でも施設により様々な方法・培養液が選ばれているのが現状
- 圧倒的に優位でベストな培養液というものは今のところ「存在していない」し、人によって合う培養液が異なる可能性も否定できない
日本で使われている培養液の種類
じゃあ実際どれくらいの選択肢があるのかというと、1つや2つではない。
日本法人としての主要な培地メーカーをざっと調べただけでも4~5社は参入している。(まだ全部は調べ切れてないと思われ・・・ヴィトロライフ社とかも日本にも卸しているようですが販売経路がよく分からずでまだ入れていません)
メーカー | ブランド名 | 種類 | 用途 |
アイエス | HTF メディウム | 2 Step | Day1~Day3 |
アイエス | ECM メディウム | 2 Step | Day1~Day3 |
アイエス | P-1メディウム | 2 Step | Day1~Day3 |
アイエス | マルチブラストメディウム | 2 Step | Day3~胚盤胞 |
アイエス | コンティニュアスシングルカルチャー | 1 Step | Day1~胚盤胞 |
オリジオ | SAGE 1-Step | 1 Step | Day1~胚盤胞 |
オリジオ | Sequential Cleav | 2 Step | Day1~Day3 |
オリジオ | Sequential Blast | 2 Step | Day3~胚盤胞 |
北里 | Cleavage Medium | 2 Step | Day1~Day3 |
北里 | Blastocyst Medium | 2 Step | Day3~胚盤胞 |
北里 | Single Step Culture Medium | 1 Step | Day1~胚盤胞 |
ナカメディカル | ONESTEPメディウム | 1 Step | Day1~胚盤胞 |
ナカメディカル | P+クリページメディウム | 2 Step | Day1~Day3 |
ナカメディカル | P+ブラストシストメディウム | 2 Step | Day3~胚盤胞 |
* アステック社のATR用研究試薬はオリジオからの輸入品のため対象外とした |
え、こんなに選択肢があるの?って思うのではないだろうか。
しかもこれはスタンダードな胚培養に用途を絞っており、実際は精子調整から卵子洗浄用、未成熟卵用、受精用、凍結用、融解用とまぁステージ別に細かく製品が分かれている。
さらに、これってシート法ともエンブリオグルーとも違うようだけど、ほんとなら使ってほしいんだけど・・。といった、いろいろ知らないことも。
薬剤は開示するのに培養液は開示しない不思議
薬剤の場合は、患者側も「自分がいつ何をどれくらいの量使用したのか」を把握できる。医療明細(レセプト)にも表記され、それが効いたのか、副作用が出たのかといったアウトカムと一緒に記録することで、体質との相性や問題がないかを自ら医師に伝えることが可能だ。
しかし、培地(培養液)はそうはいかない。
- 医療機関は使用している培養液がどこの企業の何であるかを開示していない
- メーカーも詳細な成分等を企業秘密として開示していない(これ培地が医薬品じゃなくて医療機器に分類されているからだと思うけども、もう少し深堀りしてみる)
謎だらけだ。
しかも医師に「培養液はどのメーカーのどのタイプのものを使ってるんですか?」なんて質問した日には、相当に煙たがられるのが落ちである。(* 喜んで教えてくれる医師も中にはいると思いますけどね)
そんなのおかしくないか?
2種類の培養液を使い分けている、なんて表面的な話は聞くことがあるが、それがタイプの異なる同一メーカーのものなのか、同じタイプの異なるメーカーのものなのかすら不明である。
もし培養液との相性が成功の重要なファクターな可能性があるとしたら、転院する際にも「今とは違う培養液を使うクリニックにする」といった選択肢があって然るべきなのではないのか?
ちなみに過去にはこんなニュースも
2年前のニュースで、オランダの研究で2種類の培養液での出産率、出生体重を比較したところ有為差が出たとのこと。
ちなみにソースのジャーナルは以下だと思われる。
今回は内容過多になるので、読み解いて後日別記事で紹介したい。
というわけで、今後深堀したいのは2つ。
- どの培養液が優れているのか論争(論文内でのごちゃごちゃ)を調べる
- 同時に上記の研究結果についても触れる
患者も賢くならなければ、不妊治療の戦場では戦えない。
最近そう強く思う筆者でした。