保険適用=「患者」vs「クリニック」という変な構図の議論がたまに出るのですが、個人的にはすごく違和感があったので、ほんの少し掘り下げてみることにしました。
「患者」vs「クリニック」という構図にしたがる人々
たまに出る、不妊治療とか産科医療に関して「患者」vs「クリニック(医者)」という構図をでっち上げるような言説がずっと気になっていました。
不妊治療を保険適用にしたら、監査が入るようになって、無駄な検査や無駄な不妊治療が減るから、不妊治療クリニックにとっては痛手かもしれないけど、患者さんにとっては安くなるから、良いのだろうか。。。
— Ayako Shibata@LINEボットで妊娠や性相談 (@ayako700) December 14, 2019
しかし不妊治療を保険適用にするなら35歳までに限定など年齢制限ができてしまうと思うが。
この理論が当てはまってしまうならば他の医療や他の業界は一体どうなるんでしょうか。
(ちなみに上のツイートですが、いろいろ突っ込みどころがありますが、年齢制限だってそれが費用対効果なり何らかの目的で妥当なのであれば、説明してそう決めればいいと思います)
どこでも「サービス提供側」と「サービス享受側」がいるのは共通なのに、自由診療以外の領域でも「しっかりエビデンスに基づいて適切に治療し無駄なことをせず通院回数が少なくて予後が良い治療ができる病院は儲からない」とか、「なかなか壊れない製品を作ったらお客さんにとっては嬉しいけど、買い替えが減ってメーカーは痛手」とか言われるんでしょうか?
答えは基本はノーだと思います。
なぜかと言えば、より良いサービスを提供できればそれはが付加価値になってより効率的に対価を得ることができるからです。それが現代の市場原理の原則だと思います。
だって、1年でダメになる5万円のPCと5年持つ15万円のPCどっち買います?ひどい頭痛があって、3回通ったら完治する病院と10回通っても良くならない病院、どっちに行きたいですか?
それは医療の世界でも同じです。日本でも保険制度は充実していますが、医療は基本的に公共サービスではありません。病院同士は患者を獲得する努力をしますし、収入-費用で得られた利益は、一般企業のように使うことができます。
つまりモデルとしてはその他の一般的なビジネスと同じ構造にあります。
原理原則を忘れてないでしょうか?
つまり、不妊治療に関しても本来目指すべきは真っ当な医療ビジネスモデルだと思うんです。
より患者さんのニーズにフィットした医療サービスを提供できる病院は患者が増えて、それが利益を産み、資金が潤沢になって投資し成長していくことができる、というのが理想のはずです。
実際、保険適用がされている多くの疾病を診察している一般病院は、その原則に沿うよう努力しているはずです。(もちろんピンキリではあるので、悪徳ってのも中にはあると思いますけど)
少なくとも私は、例えば自分の家族が大病をして治療を受けていたとき、自分が不妊治療を受けて感じたような理不尽さや違和感は感じませんでした。適切な医療サービスを受けられたと感じていますし、感謝しかありません。
だからこそ余計に、同じ医療でありながら不妊治療だけはそうならない、という部分に非常に違和感を感じるのです。
保険適用化で重要なのは「適正な診療報酬」設定
ただ一点だけ通常のビジネスと異なるのが医療は「診療報酬」によって単価が固定されているということです。同じ内容の治療を受ければ、どの病院でも同じ金額が支払われ、価格を自由に設定することはできません。
(まぁ、通常のビジネスでも市場実勢価格というのはあるので、本当に自由に価格設定できるサービスの方が少ないですけどね)
つまり、保険適用するときに気をつけなければいけないのは診療報酬の点数をどう設定するかです。正直、日本の診療報酬は全体的に安すぎます。
現在は診療報酬が安すぎるために下手すると「患者が増えると赤字が増える」みたいな意味不明な現象が発生していることさえあります。
COVID-19の医療崩壊危機でもよく語られますが、日本の医療は医療者の高い志と自己犠牲の精神によって保たれている部分が大いにあるのが現実です。
日本は人口あたりの医師数が他国と比較すると非常に少ない。それに伴って急性期病床も減らさざるを得ないのが現状です。これも元をたとれば安い上にどんどん引き下げられる診療報酬に根本的な原因があるはずです。
引用:【Labocoat】世界各国比較|医師・看護師・歯科医師・薬剤師数ランキング
診療報酬が安くしかも低下傾向なのは「全体の医療費がずっと高騰し続けているから」に他なりません。総額としての量・数が多すぎるために、単価を下げざるを得ないのです。
つまり、いわゆるコンビニ受診やポリファーマシー(1人の患者が複数の病院から大量の薬剤を処方されてしまう問題)、高齢者終末期医療など医療費が高騰してしまう原因はほとんど明確に分かっているにも関わらず、ずっと手を打ってこなかったがために、本当に必要な人に必要な医療を適正価格で提供することができなくなってしまっていると私は理解しています。
私は医療業界の端くれにいる者として、この日本の診療報酬は絶対に改善すべきであると考えています。
保険適用という「最適化」はwin-winを目指せる
というわけで、現状の診療報酬設定に問題があることは認めざるを得ませんが、しかしながら、「だから不妊治療は自由診療のままじゃないとクリニックが運営できない」というのはあり得ないと思います。
今より儲からなくなるクリニックがあるとすれば、それは適正価格よりも高すぎる報酬で医療を提供しているのかもしれませんし、効率が悪かったり、本当は不要な治療まで患者負担で提供しているのかもしれません。
でも、それは医療のあるべき姿とは異なっていて、良いクリニック(不妊治療で言えば、患者に応じた治療法で最短(かつ最低コスト)で結果を残すクリニック)には患者が増えて潤うべきであり、それを怠っているクリニックは淘汰されていくものなのではないかと。
むしろ今の状況は真面目に患者さんファーストでなるべく安価で実直に取り組んでいるクリニックが損してるみたいで、その方がよっぽどおかしいんじゃないかと思います。
個人的には産婦人科の診療報酬はもっと高く設定されていて良いはずと思っているし、特に臓器の特性から消耗品代が他科より多いので、産婦人科における保険診療の範囲というのはもう少し診療実態に合わせて適切に変えるべきじゃないかと思います。今日、診療報酬などを決める中医協の現状を見て絶望しましたけど。
中医協の中継観られるのいいな!基本は予定調和で承認されるけど、結構辛辣に突っ込む委員もいたので気になって調べたら現状の委員には産婦人科系に明るそうな方ゼロだった…😱😱 そもそもそういうとこだぞ…。
— mary (@maryism_mary) 2020年5月13日
だから「不妊治療に保険適用するとクリニックが損する」「保険適用を望む患者と望まない医師」みたいな根も葉もない構図を持ち出すのは本当に止めてほしいし、もっと当たり前の原則に立ち戻った「医療サービス」という視点を多くの人が持った方がいいのになぁと。
不妊治療って保険適用以外でもどうも「患者」vs「クリニック」みたいな構図に捉えられがちですが、患者にとっての敵は一部の悪徳クリニックのみであって、本来の志を持たれている医療者と患者であれば、win-winの関係を目指せると、そう信じています。