先日「日本の医療費の使い方はやっぱり間違っていると思う」という記事を書きましたが、これに関してもう一つ、このままだとヤバイ理由について記しておきたいと思います。
- 一体何がヤバイのか?
- 医療費は笑っちゃうくらいの右肩上がり
- それでも対GDP比としての医療費はかなり安い
- 1.新薬や医療機器の日本への投資(臨床試験)がされなくなる
- 2.医療が衰退産業になりかねない
- 3.医療制度自体が崩壊する
- 4.そして、本当に必要な人へ医療が提供できない事態に
- だから私達は自分や周囲の人の健康や終末期について向き合わなければいけない
不妊治療を保険適用にするため、という目的は最優先ではあるものの、そのためだけに医療費を適正化しろって言っているわけじゃないんです。
そして、あくまで「適正化」すべきであって、単純に減らすべきという話でもないんです。
日本に必要なのは価値のあるものにはしっかり対価を支払い、より良い社会のために必要なものにしっかり投資をする文化なのではないかと。
一体何がヤバイのか?
このまま医療費の適正化が行なわれないと、数十年後に日本は医療後進国に成り下がってしまう可能性が高い のです。
今私達が湯水のごとく医療リソースを使えるという状態は、もう長くは続きません。
- 具合が悪いと思ったらすぐに近くのクリニックに気軽に行ける(時間も場所も問わない)
- 数日・数週間の待ちで大規模な手術や大型医療機器を用いた検査が受けられる
- 有効性の高い新薬の臨床試験が比較的積極的に受けられる
- その新薬が承認されればほとんど世界と時間差なく治療に用いることができる
- 多くの高額な治療が保険制度・高額療養費制度で安価に受けられる
このような条件がすべて揃っているような国は世界中を探してもかなり稀です。しかも、今の日本のような税制で実現しているような国家は皆無と言っていいかも。
その影で不妊治療のように理不尽な自己負担を強いられている人がいることが問題ではあるものの、それでも総合的には日本の医療制度は恵まれています。
しかし、この医療制度は早ければ10年以内に崩壊する。先延ばしできたとしても、今このブログを読まれている20~40代が高齢者になる手前の2~30年後、そして私達の子どもの世代が次世代を育もうとする頃には、このような恵まれた日本の医療制度はかなりの確率で崩壊すると言われています。
しかも上記の記事にもあるように、これは何年も前から問題視されていることなのに、実態としては何も変わっていない状況が続いているわけです。
医療費は笑っちゃうくらいの右肩上がり
実際、日本の医療費って平成の30年間で倍増という右肩上がりをしています。その間、人口はほとんど増えてないのにですよ。
このうちの半分が保険料で、残りの半分のほとんどを税金で賄っています。
それでも対GDP比としての医療費はかなり安い
ただ、ここで誤解してはいけないのは、日本は他の先進国と比較すると相対的に「医療費自体が安い」ということなんですよね。
つまり、日本の医療市場というのは「もともと安価で薄利多売的な側面」があって、無駄に医療リソースを使おうとしてしまう傾向にあった。
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それが習慣化してしまい、投資すべき領域に適切なリソースが割り当てられず、本当に必要な領域(不妊治療等々)に費用を出せない状況になってしまっている、ということだと考えています。
要は、日本の医療は、医療現場で働く人の精神や良心という犠牲の上に成り立っており、その質の割に対価が安すぎるのです。
では、それがどれだけヤバイことなのか。日本が医療後進国に成り下がるとはどういう意味なのか。
1.新薬や医療機器の日本への投資(臨床試験)がされなくなる
日本が今医療費を抑えるために取っている政策の最たるものは「薬価の引き下げ」です。ほかに削減できる方法に向き合わずに、目先の結果だけを追って簡単に医療費が削減できる方法を選んでいると言っていいでしょう。
その結果、日本は先進国で唯一、医薬品市場成長がマイナスという不名誉な状況に陥っています。
医療ニーズが高まっているのに、医薬品市場がマイナスになるとは、冷静に考えればはちゃめちゃな話です。(製薬会社は儲かっているからいいとかそういう話は抜きでね)
何がまずいかというと、この状態が続くと製薬会社や医療機器会社は、マイナス成長の日本市場よりビジネスチャンスの大きい市場から承認を取りに行こう、という思考になります。
つまり新薬や最新医療を受けられる機会が日本は「後回し」にされて、他国より遅れるということを意味しています。過去に問題視された「ドラッグ・ラグ」の再来ですね。
この現象はもう既に始まっています。特に昨今の開発薬の多くを担っているバイオベンチャーなどは日本では治験をやらない、と言っている会社も出てきていますし、田辺三菱のように日本の製薬会社ですら新薬開発は米国を優先するとプレスリリースを出した会社もあります。
医療業界といっても、メーカーは投資家や株主の意向を無視できない営利企業なので、魅力のない市場の優先度は低いという方針にならざるを得ません。
2.医療が衰退産業になりかねない
医薬品市場を軸として医療産業が活性化されず、医師や病院は既得権益を守りたがる一方、という状況では、より良い医療サービスを開発する投資がなかなか行なわれない状況になります。
末端のユーザー、つまり患者にとってよりよい仕組みは、なかなか生まれにくかったり、生まれても潰されてしまうかもしれないですね。
しかも、無駄を削減するところにもたくさんの「効率化」というビジネスチャンスがあるはずですし、削減した無駄でまた新たな価値を創出していく、というのが国家や市場の成長における大原則のはずです。
そこに手をかけないとすれば、それはもはや衰退の始まり・・。
- オンライン診療やオンラインの薬剤配送
- ブロックチェーンの活用による患者主体の電子カルテ(医療情報)管理
- HTA(医療経済性)評価による薬剤選択の標準化
- 薬剤師や看護師、事務職への権限譲渡や役割定義の明確化によるリソース適正化・・・・・
とまぁ、あげればキリがありませんが、日本は特に欧米諸国からは周回遅れ状態です。
3.医療制度自体が崩壊する
そうしているうちに、魅力のないビジネス環境で、無駄だけを垂れ流し続け財政が圧迫され、医療費の国家負担は限界を迎えます。
消費税率を30%にでも上げれば回収できるかもしれませんが、数年でそんなことをできるわけもなく、国民皆保険制度からの「切り捨て」が始まると言われます。
(ここからは、医療制度が崩壊する最悪のシナリオをイメージしているもので事実とは限りませんが・・。)
例えば、医療費が国から支払われない病院は経営難になり、運営ができなくなるかもしれません。患者さんは路頭に迷うことなります。
例えば、保険適用ができる薬剤や治療法が今より大幅に限定され、高額な医療は自己負担になってしまうかもしれません。重い心臓病の子どもがいても、何千万円もの手術は自己負担という事態が起こりえます。
例えば、75歳以上の高齢者の医療費の自己負担を1割から7割にする、とか、40歳以上の生活習慣病は自己負担割合を5割にするといった極端な政策を取るこになるかもしれません。
例えば、医療施設のリソース低減のため、基本的に医療へのフリーアクセスはできなくなるかもしれません。住所に応じて割り当てられた病院にしか行く事ができず、診療時間もいっぱいだったら翌日に回されるなんてこともあるでしょう。
例えばお金のかかる大型の医療機器は大幅に減り、都道府県に数機しか用意がなく、何ヶ月も待たなければ検査すら受けられないようなことにもなりかねません。
4.そして、本当に必要な人へ医療が提供できない事態に
ここまでくると、もう国の手には負えない状況になってしまうわけです。
冒頭に書いたような今私達が「あたりまえ」だと思っている医療環境は手に入りません。
そして、お金さえ払えば優先的に医療が受けられる、というような他国でありがちな事態に陥っていくことも容易に想像できます。
本当に医療が必要な人にさえ、適切に医療が提供されないような時代が来るかもしれないのです。
そんな国に住みたいと思いますか?そんな国で安心して子どもを育てられますか?
いくら「政府が悪い」と言ったところで、この事態は避けられません。政府や行政を変えるしか、手段はないのですよね。
だから私達は自分や周囲の人の健康や終末期について向き合わなければいけない
病気や怪我は原則として人間のコントロールできるものではありません。それは抗う事のできない事実で、そういう人たちを救うために医療制度は存在しています。
一方で、自分の意識や習慣で防げるもの、しっかり準備しておくことで後悔しないようにすることができる領域があることも事実です。
もちろん、行政や企業が政策やサービスとしてすべきことがたくさんあります。高齢者の負担割合を(資産等に応じて)上げたり、健康診断の未受診にペナルティを課したり、電子カルテや検査情報の一元化・共有による重複診療や過重投薬の削減だったり。
でも、それを待っていては「ヤバイ」という意識をみんなが持たないといけない、そして個人の行動を少し変えないといけないタイミングに来ています。
正直、日本の財政問題は医療費だけじゃなく、本来は介護や保育にももっと費用が割かれるべきだし、本当に適切な費用配分がなされているのかは甚だ疑問ではありますが、取り組めるところから手を付けるしかないのかなと思います。