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なんでうちには赤ちゃんが来てくれないんだろう

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昨夜、飲み会でほろ酔いで帰宅したジョー(夫)が、滔々と語りながら泣き出した。彼が私の前で泣いたのは9年前にお祖父様が亡くなった時以来、2回目だ。

なんでうちには赤ちゃんが来てくれないんだろう。
何が悪いんだろう。
おれたち、こんなに頑張ってるのに。
おれと結婚してくれたのに、幸せにできなくてごめん。

そんなことを繰り返していた。

酔っていたせいもあるだろうけれど、これまでどんなに酔っても、彼がそんな風に感情的になる姿はほとんど見たことがなかった。

 

聞けば、まだ新婚の同僚に子どもができたらしい。

その同僚から「こんなに早くできなくても良かった」という主旨の発言があったらしく、その事に深く傷ついたようだった。

同時に、軽い感じで「奥さんと相性が悪いんじゃない?」と言われたのだという。

言った本人も、悪気などないのかもしれない。

「子どもがなかなかできなくて」と困っている人に対する発言とはにわかには信じがたいが、これが社会の標準的な感覚なのだろうと感じた。

 

一応、マジメに反論すれば、

  1. 出身地が日本の東と西で祖先の移動ルートさえ違う可能性がある
  2. 両親の体型が全く違う
  3. 先祖の病歴が全く違う
  4. 染色体画像でも長さなどが全然似ていない
  5. 私はジョーの匂いがものすごく好きで付き合った(女性は遺伝子的に相性の良い男性かを「匂い」で判別できるという説に沿っている)

私たちの不妊には確かに染色体の転座以外にそれらしき原因は見つかっていないが、どう考えても夫婦の相性の問題ではない。

その中でも「卵子の質」「受精卵の質」という曖昧な表現で煙に巻かれることも多い、医学が解明できていない領域でつまづいており、対処法として着床前診断、着床前スクリーニング、卵子提供・精子提供は存在するが、根本の治療法は今のところ見つかっていない。

なぜうちには赤ちゃんが来てくれないのだろう。

それは、何らかの身体的、遺伝子的な機能障害や異常のせいであって、病気と同じだ。

相性なんていうふんわりしたものでも、親を選んでくる的なスピリチュアルなものでもない。

それだけは、勘違いしないでほしい。

 

「不妊」という言葉は「Non」を強調するネガティブな印象から使いたくないという人もいるというけれど、個人的には「不妊」という表現で良いと感じている。

決して不妊をネガティブな印象にしたいわけではないし、当事者にポジティブなイメージを与える必要性は理解できる。

その一方で、世間的に、ゆるーいポジティブな印象を持たれては困るのだ。不妊治療の現実は、想像される以上に厳しい。

もちろん他の名称でも構わないが、これが一種の病気であって、精神論や日常的な努力だけで乗り越えられるものではなく、医療行為が必要なものだという響きを失わない方が良いのではないか。

不妊症は誰も悪くないし、他の病気や障害と同じように助けが必要なものである、社会的にはそう理解されるのが望ましい。

そういう意味で、自己流の域を出ない「妊活」と医療が介入する「不妊治療」は明らかに異なるものとも考えている。(タイミング法がどちらに属するかは微妙だけれど)

 

私も、昨夜のジョーと同じような思いをする事は当然日常的にある。ただ、この感情のフェーズは1年くらい前にとっくに卒業した。

他人の妊娠、出産にいちいちネガティブに反応していては、正直心が持たない。無になって純に祝福することを覚えた。

ジョーの話をただ聞きながら、時々諭しながら、しかし私は「やっと本当の意味で夫婦の気持ちが同じラインに並べたのかもしれない」と感じた。

男性はあえて感情を表に出さないことも多いと思う。それが強くも、頼りがいがあると映ることもあるけれど、私はジョーが泣くほど落ちている様子は、嫌ではなかった。

むしろ、いつも私の涙を受け止めてくれていた彼の偉大さが身に染みたし、本当に一心同体なのだと実感した。

そして、こんな風に一緒に悩んで、一緒に苦しんで、一緒に努力しながら、同じ思いを共有できる人と家族になれたことを、本当に幸せだと思った。

ここまでチームになった私たちに、怖いものなどない。

つい先日、気持ちを新たに治療に取り組むため、特に寝室の位置が風水的にとても良い部屋への引越しを決断した。

私たち夫婦の家族計画は、まだまだこれからだ。

 

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