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【本から学ぶ -vol.2】「消滅世界」未来の生殖を考える

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今年読んだ小説の中で最も衝撃だったのが村田沙耶香さんの「消滅世界」だ。セックスが普通ではなくなり、人工授精で子どもを産むのが当たり前の世界。こんな世界が近未来に起こりえるのか。今回は、そんな今の時代なら笑われそうな設定を真剣に考えてみる。

「消滅世界」概要紹介

小説といえど、設定は圧倒的にぶっ飛んでいる。

「こっち側」の「夫は家族であり性の対象であり二人の子を自分達の子どもとして育てたい」という感覚を持っている私からすれば、その世界はあまりにおぞましく奇妙すぎる。

それなのに、なぜだか「あり得なくもないか・・」というある種のリアリティと恐怖を感じる作品だった。

今回はフィクションなので中身についてはネタバレの要素を大いに含んでしまうのであまり書かないことにするけれど、本質はこの設定というよりも「正しい」とされる概念に対する違和感に向き合う姿、違和感を感じながらも順応していってしまうヒトの宿命みたいなものに「抗い続ける姿勢」のようなものなんだろうと思う。

世界大戦をきっかけに、人工授精が飛躍的に発達した、もう一つの日本(パラレルワールド)。人は皆、人工授精で子供を産むようになり、生殖と快楽が分離した世界では、夫婦間のセックスは〈近親相姦〉とタブー視され、恋や快楽の対象は、恋人やキャラになる。
そんな世界で父と母の〈交尾〉で生まれた主人公・雨音。彼女は朔と結婚し、母親とは違う、セックスのない清潔で無菌な家族をつくったはずだった。だがあることをきっかけに、朔とともに、千葉にある実験都市・楽園(エデン)に移住する。そこでは男性も人工子宮によって妊娠ができる、〈家族〉によらない新たな繁殖システムが試みられていた……日本の未来を予言する衝撃の著者最高傑作。

消滅世界 (河出文庫)

消滅世界 (河出文庫)

 

村田さんといえば「コンビニ人間」で芥川賞を受賞された私と同世代の作家(ちょっとだけお姉さん)。人間の「普通」って何、という違和感にがっつり向き合う作品が多いという印象。

こういう世界観を書ける人は少ないと思うし、着眼点や引き込み方はさすがである。ちなみに私が一番納得がいかなかったのは本編ではなく「解説」だ。

生殖技術的なリアリティは当たらずとも遠からず

パラレルワールドでは人工授精がヒトの生殖のベースになる。人工授精という「器具を使って精子を子宮膣内に確実に注入する」方法自体はコストはすでに運用されているもので、それほどかからずに実現できるだろう。そこで描かれている特徴的な設定を、実現可能性という観点で想像してみた。

  • 精子や子宮内を必要な時にだけ使う
  • ヒトの生殖機能はコントロールされ通常のセックスで妊娠する可能性はなくなる
  • 人工授精の精度が高まる
  • 実験都市では男性も人工子宮で妊娠・出産可能になる

精子や子宮内膜を必要な時にだけ使う

現代のヒトは男性ならば精子が毎日作られ、射精として精液と共に外に排出されるし、女性ならば毎月卵子が排卵され、それに合わせて子宮内膜が厚くなり使われないと月経(血)となって外に排出される。

しかし小説の中のパラレルワールドでは普段の精液には精子は含まれないし、どうやら不要な月経にも大量の血液は含まれないらしい。

現代でもいわゆるパイプカットは確実性の高い避妊法の一つとして存在しているし、これが精巣の機能自体を止めるわけではないことから、今よりも技術が進歩すれば生殖時期にのみ精液に精子を混ぜるという方法はありえなくはないだろう。

月経で経血がほとんど出ないというのも、低容量ピルの原理を応用できれば消退出血がさらに軽くなる可能性はなくはない。

うむ、最初からわりとリアルかもしらん、と思ってしまう。

ヒトの生殖機能はコントロールされ通常のセックスで妊娠する可能性はなくなる

というかセックス自体が過去の行為らしい。昔は冷蔵庫なんてないから箱に氷を入れて冷やしてたんだってよ、的な感じだ。

前述した技術の延長線上で生殖機能のコントロールという話は十分にあり得るだろう。そうすれば「望まない妊娠」などというものはなくなるので、人工中絶という概念は存在しなくなる。

命を伴わないことで「セックス」は軽んじられ性犯罪が増えるのではと危惧しそうになるが、そもそもパラレルワールドでは「セックス」自体の位置づけもこちらの世界とは異なるようなのでそうとも言い切れないのか。

人工授精の精度が高まる

そして一般的な生殖方法となる「人工授精」だがこちらも100%ではないものの、精度は飛躍的に高くなり、ほぼ計画的に妊娠・出産が可能になるらしい。

ここだけは不妊脳からすると、ある意味夢のような話である。

まず排卵の予測の精度をより高めることは可能だろう、今行なわれているLHサージのような検査に加えて膨大な個人の生体情報と排卵に直接的に関連する項目が見つかれば、内診でいちいち卵胞のサイズを計ったりしなくても排卵予測の精度は感覚的には6~8時間程度まではピンポイントに予測できるような気がする。ビックデータとして解析することでさらに精度は上がるだろう。

次に射精で出てくる精子と排卵される卵子を染色体正常なものにすること、これが実現できたらノーベル賞だと思うが、まぁ想像できなくはない。たとえば、ガン治療の分子標的薬のような、もしくは光免疫療法のようなイメージで、原始卵胞のうち遺伝子異常のあるものを殺してしまう、みたいなことだ。

まぁ卵子で言えば、実際には細胞分裂をする過程で異常が出てしまうのだろうから、原始卵胞の時点が適切かは微妙だけど、いずれにしても排卵する時点で卵巣に生き残っているのは染色体正常な卵子だけ、ってのはもしかしたらあり得るのではないかと思う。

この2つが実現すれば、たしかにピックアップ障害とか他の因子がない限り、人工授精でもほぼ100%の妊娠率を実現することは可能そうだ。

実験都市では男性も人工子宮で妊娠・出産可能になる

そして極めつけは男性の妊娠・出産である。これには人工的な子宮環境が不可欠だ。

ヒツジの胎児を人工子宮で発育することに成功したというニュースが話題になったのはもう2017年の話。もちろんこれがヒトにも応用できるとか、受精卵からそのまま発育可能とかという話には飛躍があり、現時点で「見えている」テクノロジーとは言い切れない。

しかしながら、見方によっては、すでに「ここまでは来ている」とも言える。

実際、この数百年の間に人間の臓器の多くが「人工」で賄えるようになっているし、iPS細胞のような再生医療技術から新たな臓器を作り出せる可能性も徐々に出てきている。

ヒトの価値観的なリアリティの方が恐怖を覚えた

私がこの作品にある種のリアリティを感じ取った要因は、技術的な可能性だけではない。

  • セックスなんてめんどくさい
  • 恋愛対象はキャラクター
  • 家族は恋愛や性の対象ではない

こんなんさ、今でさえそういう感覚のヒトって結構いそうじゃない?と思う。

その延長に人工的なバースコントロールが存在して、遺伝子的に誰の子どもだとか、我が子故の愛情みたいな概念は消え、生まれた子どもは一律で施設に預けられ人工的にプログラムされた空間で育てられる。

昼間はその実験都市に住むすべての大人は仕事をしながら「子供ちゃん」の親として誰かの子を可愛がるがそれは「ペットと遊ぶ」ような感覚だ。産まれた子は誰が産んだかに関係なくみんなの子なのである。産む産まないに関わらず大人は親だ。

もう現代の私達を苦しめる「不妊」などという概念はないだろう。

いわゆるシンギュラリティ(技術的特異点:人工知能が発達し、人間の知性を超えることによって、人間の生活に大きな変化が起こるとする概念のこと)の先には、こういう生物学的な変化もなくはないかもなと思わなくもない。

だって、何万年も前はヒトはまだヒトじゃなかった。最初から二足歩行してたわけじゃないし、文字もなかったし、脳のサイズだって全然違っていた。きっと現代人の生活なんてその当時は想像もつかなかったはずだ。

実際、次の30年で最も発展するのは「生物学」らしい

エコノミスト誌が発行した「2050年の世界」みたいな本でも、確か次世代の科学の中心は化学でも物理学でもなく「生物学」だってことが書いてあったと思う。

2050年の世界―英『エコノミスト』誌は予測する

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  • 作者: 英『エコノミスト』編集部,船橋洋一,東江一紀,峯村利哉
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
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この数百年でかなり多くのことはその原理が解明され、仕組みがわかってきたけれど、生物学はある意味では最も解明されていない謎が多い分野として残っているのかもしれない。そして生殖と生物学は極めて近い位置にある。

そして産業革命、インターネット革命に次ぐ技術革新が「医療」とか「人体」という領域にありそうなこともほぼ間違いないのではないかと思う。現にGAFAは4社とも「技術を活用した医療」への本格的な参入を始めている。

「消滅世界」はもちろん単なるエンターテイメント小説だとは思うけれど(そして終盤が特にホラーかと思うほどゾクゾクする)しかし、それだけではないかもしれない。